2009年09月08日
介護シリーズ 第8弾 在宅介護へ

2008年残暑の頃、上ケ原病院でひどい目に遭った我々はとっとと退院したかったので、
介護保険を利用して在宅介護体勢を作るべく動き始めました。
父を長年慣れ親しんだ自宅につれて帰ることは母のたっての希望でもあった。
老老介護になるのでリスクは大きかったが、何とか希望をかなえてあげたかった。
私自身も何十年も住宅ローンを払い頑張って手に入れた家には愛着があるので、その気持ちはよく解る。
父も昔「家で死にたい」と言っていたし。
寝たきり状態のオヤジに必要なことは、オムツ交換、体位交換、インスリン注射、
鼻から胃に通したチューブによる栄養注入(経鼻経管栄養注入)、痰の吸引、
健康状態のチェック、訪問入浴、医師の往診、等々だ。
介護保険を利用することで、これらにかかる費用の10%だけを支払えばOKになる。
その全ての業務を取り仕切るのがケアマネージャという人です。
今までの父の担当ケアマネージャはあまりにも鈍くさかったので、
寝たきり老人を同じく老人の妻が介護し息子は同居していないという、
かなり大掛かりなプロジェクトには無理だろうということで代えようと思った。
このケアマネは訪問看護師の手配一つ満足に出来なかったのである。
父が脳梗塞を起こす前、クモ膜下出血の入院から退院してきた時に大便を踏ん張って出しづらくなっていて、
その排便管理等々で看護士を頼んでいたのに、退院後1週間しても誰も来なかった。
で、父は酷い便秘による腹痛を訴え救急車のお世話になった。
病院で便秘と診断されて、私は看護師が来て浣腸なりの処置をしているものだと思っていたので、
ビックリしてケアマネに問い合わせた所、「あれ、おかしいですね〜」と。
こりゃアカンと思い、即ケアマネさんの事務所に乗り込んで書類を探させ、
ケアマネに段取りを確認しながら各方面に連絡をとり私が手配した。
ミスの原因はFAXを流したけど届いていない、という初歩的な事務処理ミス。
思うにケアマネの仕事も、普通のサラリーマンが行う仕事と同じで、
やるべきことをサッと着手して経過を確認して納期通りきっちり収める。というのと同じスキルが必要でして、
このケアマネの場合はその辺が全然ダメでした。
ケアマネ選びは重要ですわ。
話を元に戻そう。
ケアマネ及び介護事業所、つまりコムスンとかニチイ学館等ですね、
これらを選ぶのにどういう基準で選んだらええのか私は自信が無く迷っていました。
で、宝塚市のサービスで老人家庭のお手伝いを格安で引き受けてくれる半分ボランティアのような組織があって、
それを母はよく利用していたのですが、その責任者の人に赫々然々(かくかくしかじか)と相談してみたのです。
そのリーダー曰く、父の場合は1日1回ヘルパーさんに来てもろて掃除や炊事してもらう程度じゃすまないマンパワーが多く必要なケースだから、大きな事業所を選ぶべきと。
私はそのアドバイスに従い、勧められた公営の「宝塚市保健福祉サービス公社」に依頼することにした。
ここは妻の母親もお世話になったところで良い評判は聞いていた。
で、早速その公社の課長のMさんとお会いし状況を説明したところ、快く引き受けて下さり、
担当になるケアマネさんと父の状態を見に病院まで来てくれた。
もちろん公社で一番のベテランのケアマネをお願いました。
ベテランケアマネのTさん曰く、オヤジのような重度の要介護者は医療、介護のそれぞれのスタッフの連携が重要だとのこと。
意味はよく解らなかったが、予断や先入観は持たず、その道のプロの意見を全て受け入れようと思いました。
そして介護プランを立てたわけです。
オヤジに必要なことは前述した通りですが、インスリン注射と栄養注入、及び痰の吸引は医療行為になるのでヘルパーはしちゃダメで、母が行わなければならないらしい。
ですので病院の看護師さんにお願いし、この3つの技術(医療用語で手技「シュギ」と言う)を習得すべく10月末の退院までの1ヶ月で母に特訓をしてもらいました。
私も一応できるように練習しました。
10分くらいでマスター出来た簡単なものでしたが、80近い母にはそう簡単なものではなかったようで、悪戦苦闘してました。
オムツ交換を怠りクソまみれで放置すると尿路感染で重篤な事態を招くし、
痰の吸引もしっかりやらないと誤嚥性肺炎を起こし死に至ることもある。
健康な人だと何でもないことが脳が正常に機能していない全身状態の悪い父には大事(オオゴト)なのですわ。
また夜間もオムツ交換と痰の吸引は必要ですが、その度に母が起きては睡眠不足でダウンは必至だ。
よって夜間の泊まりのヘルパーも必要になる。看護士も週3回以上は必要とのこと。
母の手技もおぼつかないので、行う際にはヘルパーの見守りが必要だ。
お風呂と医師の往診は週1。介護ベッドのレンタル料、オムツ代、医療費、等々。。
これらを合計すると1ヶ月で約120万円になった。
介護保険は30数万円しか出ないし、残り90万弱は自己負担だ。。。げっ、無理!
経済的に成り立たないじゃないか。。。
母を満足させる為に3ヶ月ほど家で過ごし、また病院に戻り(当然上ヶ原病院以外ね)3カ月毎に転々と療養ベッド難民となるしかないなと思った。
小泉改革を恨むのにも疲れ、がっくり肩を落とした私に公社のM課長さんが言った。
「身体障害者の支援施策があるので何とかなるかもしれませんよ」
へ? なにそれ。(つづく。。)
Posted by Joe at 04:15│Comments(2)
│介護
この記事へのコメント
私の父も脳梗塞で半身不随になり、4年程入院生活を送り2年程前に亡くなりました。病院について私達家族も同様の経験をしました。聞くのと実際が全然違う病院もありましたが、幸い家族も安心できる病院が見つかり、その病院で亡くなりました。最後の時には、たまたま私の知人の介護師が病変を発見してくれたおかげで家族みんなで看取ることができました。辛い話もあると思いますが、今家族の介護をしている方々の為にも続きをお願いします。
Posted by mimi's uncle at 2009年09月11日 22:39
mimi's uncleさん、
初めまして。
4年ですか。。御家族みんなで看取られてよかったですね。
脳梗塞で寝たきりになると、だいたい5年くらいで亡くなるそうですね。
それでいくとオヤジはあと3年くらいか。
頑張るべぇ。
初めまして。
4年ですか。。御家族みんなで看取られてよかったですね。
脳梗塞で寝たきりになると、だいたい5年くらいで亡くなるそうですね。
それでいくとオヤジはあと3年くらいか。
頑張るべぇ。
Posted by Joe at 2009年09月12日 03:49
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